在りし日の思い出~SAO二次創作~
ALO上空に浮かぶ、浮遊城アインクラッド。その第22層のログハウスにアスナがログインすると同時に、キリトは『誕生日おめでとう、ところでさ……』とニヤつきながら言った。
「バースデーマップ?」
アスナが初耳だ、と伝えるように首を傾げる。
「ああ、今日はアスナの誕生日だろ?」
「うん」
「この前のアプデで『誕生日の人がいれば入れるマップ』っていうのが実装されたらしいんだけど、今日が誕生日のアスナならそれに行けるんじゃないのかなと思ってさ。面白そうだし、行ってみないか? まだ皆が来るまで時間もあるしな」
現在の時刻は朝の八時過ぎだ。アスナの誕生日ということもあり、アスナもキリトも早起きしてALOにログインしているのだ。昨晩は日付が変わるまで二人で通話していたので、寝た時間は大変短いのだが、アスナは眠気を感じさせない佇まいだ。一方、キリトは時々「ふあぁ~」と欠伸をしている。
「へぇ、そうなんだ。キリト君、最近眠そうにしてること多かったもんね。やっぱりネットばっかりやってたんだ?」
「あー、ばれてたか……。まぁ、そんなところだ」
バツが悪そうに頭をかく最愛の人の肩に手を乗せ、アスナが心配そうに言う。
「もー、体に悪いから駄目だよ? あ、それでユイちゃん、もう少し情報もらえる?」
アスナは自分の誕生日ということもあり、興味津々に情報を求める。
「はい、そのマップは誕生日の人が一緒にいると行く事の出来るマップのようです。モンスターのポップありとは書いてありますが、それ以上は分かりませんでした……」
しゅんと申し訳なさそうに俯く愛娘の頭を撫で、キリトは暖かな声でありがとう、とねぎらった。
「確かに面白そうね。でも、そこってどうやって行くの?」
「私が説明します!」
「九月中旬に新しく追加されたマップのようです。誕生日の方限定、ということで大掛かりな発表ではなく、知らない方も多いようです。ママが知らないのも仕方がありません」
ユイの周りには半透明のホロウィンドウがいくつも開かれ、ふわふわと漂っている。
「実は俺もつい最近知ってさ。実装されたのは九月十三日。もう少し早く実装されてたらシノンの誕生日も祝えたのになぁ」
確かに間の悪い事ではあるが、仕方の無い事だ。気を取り直してアスナは愛娘から更に情報を聞く。
キリトはユイとアスナが話している間、机の上に置いてあるクッキーとお茶を飲んでいたが、すぐに気を取り直した様子で立ち上がった。
「それじゃあ、行ってみるか。何があるかは分からないから、俺もアスナもしっかりと装備してから行くぞ」
「うん!」
二人はそれぞれメニューウィンドウを出し、装備を整える。キリトはいつもの黒いロングコートに、背中に黒い片手剣。アスナは細剣を装備し、完全に前衛の装備だが、ヒールも出来るように杖もインベントリに入れてある。
戦う準備をサクッと終わらせて、アスナはキリトへと顔を向ける。
「キリト君、今日は剣一本なんだね。それで、どうやって行くの?」
「そこまで大変なマップじゃないはずだからな。メニューの『その他』の一番奥底に出てるはずだ。そこを見てくれ」
「キリト君も来れるの?」
「そこにメンバー選択っていう欄あるだろ? そこで俺を選択してくれれば行けるはずだ」
「それではパパ、ママ、行きましょう!」
ユイがキリトの肩の上へと飛び移り、拳を握り天井へと向ける。
それと同時にアスナがメニューを操作して、三人を青い光が包み込み、バースデーマップの入口へと送り飛ばされた。
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「へぇ、ここがバースデーマップかぁ」
バースデーマップは誕生日プレゼント等で使われるビックリ箱のようなものが積み上げられたり、リボンで装飾されたり等、黄色や赤など明るい色で彩られた室内だった。壁の奥には次の部屋へと続くであろうドアがある。
「そうみたいだな。ユイ、敵の気配は?」
アスナは周りを見渡し、キリトも索敵スキルを全開にして警戒する。
「どうやらここは圏内のようです。敵も見当たりませんし、ポップするような場所も見当たりません」
「ありがとう。じゃあ奥へ進んでみるか」
「うん!」
「お疲れ様です、パパ、ママ」
「はあー、案外疲れるな」
「そうね……。何であんなに箱の攻撃力が高いのかしら……。それに箱が歩いてきたり攻撃してきたり……ちょっとお化けみたいだし」
キリトがその場にいた最後のモンスターを倒すと、先に倒し終えたアスナがキリトの元へと戻ってくる。
「敵も少し強くなってきてるしな。ユイ、次でラストか?」
「はい。残りの部屋は一つのようです。その部屋の奥に隠し扉がありますね。奥に報酬でもあるのでしょうか?」
ユイがマップ情報を見ながら、疑問符を浮かべるように言う。
「どうなんだろうね。よし、行ってみようか、キリトくん」
「そうだな。ユイ、指示を頼む」
「任せてください!」
「よし、行くぞ」
キリトがドアを開けて、それにアスナが続く。ユイはキリトの胸ポケットの中へと隠れていった。
部屋の真ん中に大きな箱が鎮座しており、キリトがドアを閉めると、すぐに箱の上部から顔が出てきて、左右から腕、下部からは足が生えてくる。右の腕には大剣が握られている。
「ケッケッケッケッ…!」
変化が終わった箱型ボスの頭上に目を凝らすと、『バースデービックリボックス』というネームとHPバーが現れる。
「バースデービッグリボックス? このイベント限定のボスか、初めて見るタイプだな」
「そうだね、ユイちゃん、攻撃パターンは分かる?」
「はい、魔法属性の攻撃はありません。基本的に大剣での攻撃、それに併用して手や足を使った体術などを使用するようです」
「なら俺がフォワードで剣を弾くから、スイッチよろしく!」
「うん!」
言い終わると、すぐにキリトがボスへと向かって一直線に走って行く。
箱型のボスはまず、右斜め下方向への居合い斬りから入る。それに対して、キリトはスラントを使い左斜め上方向へと剣の側面を向けて、ボスの剣をパリィする。
「ぐっ……!」
どうやらボスは魔法攻撃が無いだけあって、かなりの力があるようで、パリィしたキリトが大きくノックバックする。
「スイッチ!」
すかさずアスナが大声で叫び、ボスへと切りかかる。レイピアの刀身が蒼く輝き、アスナのオリジナルソードスキル、スターリィティアが発動する。
攻撃力が高いだけあって、ボスのHPは軽々と削れていき5段あるHPゲージの1段目を削る事に成功した。だが、敵の硬直時間は短く、スキルの硬直時間がまだ続いていたアスナは切り上げられて高々と舞う。
「きゃあっ!?」
アスナが壁際まで飛ばされると同時に、ノックバックから回復していたキリトがボスへと攻撃を仕掛ける。
片手剣重突進、ヴォーパルストライク。
ボスは死角からの予期せぬ攻撃を避けることが出来ず、その攻撃は足へとクリーンヒットした。その反動でボスが転倒状態へと陥いる。
「いまだ、アスナ!」
スキル後の硬直で動くことが出来ない間に、キリトがアスナへと声を掛ける。
それに応えるように、壁から立ち上がったアスナが敵へと突っ込んで行く。
最上位細剣技、フラッシング・ペネトレイター。
アスナが流れる星のように素早くボスの前へと移動して、細剣を突き刺す。それに合わせてキリトがデッドリーシンズを繰り出す。幸いにもボスの転倒状態は長く続き、キリトのスキルが終了すると同時に立ち上がった。HPゲージは最後の段が赤く染まるばかりだ。
「ヴォアアアア!!!」
ボスが暴れ回るように剣を振り回し、蹴りも加えながら狂舞する。
「キリト君、避けて!」
「くそっ……」
キリトがボスから数メートル離れ、何とか回避する。そこへ五秒ほど暴れ回って冷静になったのか、ボスが剣を地面に突き刺したままキリトの方向へと向かってくる。
その剣をスラントで弾き、再び両者がノックバックする。
「スイッチ!」
今度はキリトが大声で言い、合わせてアスナが入ってくる。
「せいやぁぁ!!」
かつて最強の剣士が愛用したオリジナルソードスキル、マザーズ・ロザリオ。
最後の一突きでボスのゲージはすべて吹き飛び、ポリゴンが爆散した。
「はあ、はあ、キリト君、お疲れ様」
アスナが床へ倒れこみながらキリトへと声を掛ける。
「あ、ああ、お疲れ、アスナ。ユイも、大丈夫か?」
返答するキリトもあまり余裕は無いようで、息継ぎを繰り返している。
「はい、大丈夫です。お疲れ様でした、パパ、ママ」
ユイがキリトの胸ポケットから出るとアスナの肩の上に座る。
「ふぅ、それじゃあ、最後の部屋に向かうか」
「そうだね、その扉を開けたら報酬が貰えるのかな?」
アスナが部屋の奥の扉を指差す。
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないなー。アスナ、誕生日なんだから、先に開けてくれ」
「えー、そうじゃないかもしれないなんて、キリトくん、冗談はやめてよ〜。とりあえず、開けてみるね?」
「ああ」
アスナが扉の方向へと向かい、キリトもその後について行く。
「よし、開けるね」
アスナが扉に手をかけると同時に、ユイがキリトの背中へと飛び移った。
それに気付かないでアスナは扉を開けると、
パーン!パパーン!パーン!パーン!
扉の向こうからクラッカーの音が聞こえて来ると同時に、クラッカーの中身だろうか、金色の紙や、ビニールテープのような物が飛んでくる。
「「「「アスナ誕生日おめでとう!」」」」
中からは、リズベット、シリカ、クライン、エギル、シノンが出てきた。
「えっ!?」
アスナはびっくりして、後ろへと一歩下がり、キリトとぶつかる。
「ほらー、主役はさっさと入りなさいよー。後もつかえてるんだからー」
リズベットが開いた口が塞がらない様子のアスナの手を引っ張って中へと入れる。キリトもそれに続いて中に入ってきた。
そして椅子に座らされ、少しの間されるがままに硬直する。
「え、えーっと、どういうことかな?」
三十秒程が経ち、ようやく我に戻ったアスナが切り出した。
「それはキリトさんから説明してもらってください。この企画の主催者はキリトさんなので」
シリカがアスナの返答に応えると同時に、アスナの近くに立っていたキリトが恥ずかしそうに言う。
「いや、ほらいつも気を遣わせてたりするかな、とか思いまして……、今日ぐらいは楽しんでもらおうかなーと……。ちょうど自由に使えるインスタンスマップも実装されたから、今年はこういう感じでお祝いしてみたってわけなんですが……」
それを聞いていたアスナの目から涙がこぼれる。
「ありがとう……みんな大好きだよ………!」
「さーて、お二人さん。そろそろ昼にもなるし、あげるものあげてから現実の俺の店に集合しようか。店の方も朝から準備してたたしな」
まだ涙の止まらないアスナがしゃくりながら、そうね、と言う。
「ふっふーん、私達全員からこれをあげるわ!」
リズベットがメニューを操作して一本の細剣を取り出した。刀身は白銀に薄く輝き、明らかに魔剣クラスの逸品だ
「わわ、凄いねこの剣。どうしたの、こんないい剣?」
「みんなでで素材集めをして、それをリズさんに作ってもらったんです! エギルさんにはリズさんの手伝いをしてもらいました!」
「キュー!」
シリカがアスナの質問に答えて、それに続いてピナも鳴き声をあげる。
「まぁ、それなりに強いと思うから気が向いたら使ってくれ」
キリトがそう付け足し、アスナへと微笑みを向ける。
「うん……うん、大事にするね、皆ありがとう」
アスナが深々と頭を下げ、他の人は皆笑っている。
その状態が五秒ほど続いて、アスナが顔を上げると、エギルが皆に移動を促した。
「さて、そろそろ十一時になるし、ログアウトするぞ。ログアウトしたら、すぐにうちに来てくれ。料理はほとんど出来てるからな」
それに合わせてキリトが合図を出す。
「よし、それじゃあ、またエギルの店で!」
それと同時にキリトの姿が消え、他の人の姿も消えていった。
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エギルの店で盛大にバースデーパーティーをした後、キリトはアスナの家に訪れていた。
「で、キリトくんは何をくれるのかしら?」
アイボリーで統一された室内に、品の良い調度品が並ぶ様は、かの浮遊城アインクラッドのセルムブルクの家を思わせる。
いや、実際所有者は同じなのだから雰囲気が似るのは当然か……などと取り留めのないことを考えていたキリトは、微笑みながら問うアスナに不敵な笑みを向けた。
「向こうでしか渡せないから、今からALOにログインしてくれないか?」
「もちろんいいけど、予備のアミュスフィアは修理に出しちゃってるよ……?」
心配そうに尋ねるアスナの肩をぽんと叩き、キリトはバッグから白銀の円環―――アミュスフィアを取り出した。手にアミュスフィアをぶら下げながらキョロキョロし始めるキリト。
「えと、キリトくんは何をしてるのかな……?」
「いや、ダイブするための椅子を探しててな……」
なおもキョロキョロするキリトの肩を、今度はアスナがぽん、と叩いて言った。
「別に、一緒のベッドでダイブすればいいんじゃない?」
「いや、でもアスナのお母さんが入ってきたりしたら誤解されるだろうし……」
ごにょごにょ言うキリトに、いいんです!と言い放ち、ちょうど一人分のスペースを作ってベッドに転がる。ようやく隣に転がった最愛の人の手を軽く握り、軽く息を吸い込む。
「「リンクスタート」」
***********************
ALOにダイブするやいなや、すぐさまキッチンに引っ込むキリト。その背中を愛娘のユイが追いかけていくことから、二人でなにか企んでいるらしい。
ここで現実世界ならば皿を並べたり飲み物を用意したりなどとやることがあるのだが、仮想世界ではボタン一つで済んでしまう。特別にやることもないので、リズから貰った細剣やシノンから貰ったペンダントを眺めていると、いい匂いが漂ってきた。
程なくして戻ってきたキリトの手には薄緑色の鍋が握られている。見覚えのある鍋に、懐かしい匂い。あっ、と声を上げたアスナにキリトが得意顔で蓋を開ける。
中にあるのは紛れもなく思い出の料理、ラグーラビットのシチューだった。
「え……ラグーラビットって新生アインクラッドにいたの……? しかもキリトくん、料理スキルなんて上げてなかったじゃん……」
「いやさ、俺も正直望み薄だとは思ったんだけど、ユイが新生アインクラッドの基幹データは旧アインクラッドと同一だって言うからさ。2週間程探し続けて、やっと仕留めたんだ。んで、せっかく捕まえたラグーラビットだし、料理スキルを爆上げしたわけです」
事も無げに言うが、この世界のスキルはそう簡単に上がるものでは無い。かつて料理スキルをカンストしたアスナだから良くわかるが、あれは本来長い期間をかけてゆっくり上達するものだ。
「だからキリトくん、最近寝不足だったんだね……夜中もずっと料理してたんでしょう……?」
「まあな。でも、全然苦痛じゃなかったぞ? やっぱりアスナには最高のプレゼントをしたかったからさ」
そう言うキリトを強く抱き寄せ、胸板に顔を強く押し付ける。
「ありがとう……ありがとうキリトくん……! 大好きだよ……!」
そんなアスナの頭を軽く撫で、さあ食べよう、とキリトが促す。
目の前には実体化したユイが椅子に座り、ニコニコとこちらを眺めている。
「ハッピーバースデー、アスナ! おめでとう!」
「ハッピーバースデー、ママ! おめでとうございます!」
愛する二人の声が、暖かな我が家に高らかと響いた。
fin